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私の闘病記

高校での生活

高校に入ってからは、かなり体力はついていった。

中学の頃には、体育の授業は全て見学していたのだが、主治医に「社会人になって、仕事するだけの体力は必要。すこし体育の授業に参加してみたら?」と言われ、中学3年の途中から、体育に参加するようになったのだ。

また、自宅から高校までの道のり、片道約10kmを、自転車で通学していた。しかも坂がかなりある道を。往復20km。半年も経つと、太ももがスピードスケート選手のようになり、膝だけがへこんで、ふくらはぎと太ももがパンパンになっていた。

また、高校一年の時には、バンドを組み始めた。私の担当はドラム。

実は、小学5年の頃に吹奏楽をやっていて、私の担当はトランペットだったのだが、パーカッション(ドラム)をいじらせてもらったら、パーカッション担当の人より上手く叩けてしまったのだ。

この時から、「自分はドラムの才能があるんじゃないか」と勝手に思い込むようになった(笑)そして、高校1年の頃の、バンドブーム。クラスでもバンドを組む人がいて、ドラムの人口が少ない為か、ドラムだけが見つからなかった。そこへ、自分が名乗りを挙げた、というわけだ。

まぁ、そこには「バンドを組んで、女子にモテたい」と言う、不順な動機もあったのだが(笑)しかし、やればやるほどバンドにのめりこんでしまい、最初のくだらない動機などどうでもよくなっていた。ただただ純粋に、音楽を楽しんでいた。

毎日の自転車通学と、ドラム演奏。この二つで、体力はどんどんついていった。この頃には、もう周りから病人扱いされる事もなく、また、自分も病気だという事を忘れて、高校生活を楽しんでいたと思う。